読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

蒼天快走記 ~青のトランザルプとリトルカブ90改~

XL650Vトランザルプ・N-ONE・リトルカブ90改が主役のブログです。写真で旅を記録していきます。過去のバイクは、アヴェニス、CBX125Custom、VTR250、CB400SF、スーパーカブ90カスタム、ジェベル125です。

ビームな女

 とある公的研究機関のとある研究室。いつ終わるともしれぬ不況の中、公民問わずほぼすべての人間が苛烈な仕事を強いられている。その中でも田舎にあるここでは比較的平穏な空気が漂っていた。

 

 河野曜子は入庁して3年目、そろそろ仕事の目先も利くようになってきた頃である。しかし、40代中頃のおっさんに囲まれた中では、まだまだ花盛りの少女のようである。研究者としてはほんわかした雰囲気を持った彼女は、その技術は一人前と認められていたものの、少々子供扱いされることもあった。

 

「渡辺さ~ん、ちょっとお願いがあるんですけどぉ。」

 

渡辺と呼ばれた中堅の研究員はパソコンを使ってデータ処理を行っていた手を止め、振り返った。

 

「なに?」

 

曜子は困ったような顔をして、流しの方を指さしている。

 

「ゴキブリがでたんですぅ。」

 

渡辺は、しょうがないな、という顔をして立ち上がった。

 

「どこ?」

 

「ここです・・・あれ、いない?」

 

曜子はゴキブリの姿を探していたが、渡辺が先に見つけた。

 

「あ、天井や。ちょっと届かへんなぁ。」

 

「殺虫剤もないですし・・・。」

 

渡辺は、急に思いついたようにぽんと手を打った。

 

「河野さん、メガネ掛けてんねんし、メガネビームでやっつけたったら?」

 

「メ、メガネビーム?」

 

曜子は、渡辺がまたつまらないおっさんジョークを言っているのだと思い、苦笑した。渡辺は特撮ヲタクであり、そういったジョークが好きだった。

 

「渡辺さん、またそんなことばっかり・・・。」

 

「え?」

 

「そんなんできるわけないじゃないですか。」

 

いつもなら、渡辺はここでにやっと笑い、まじめな話に戻るのが常だった。しかし、渡辺はなにも言わず、困惑したような顔で曜子の方を見ていた。

 

「渡辺さん、早くなんとかしてくださいよぅ。」

 

「・・・そっか、河野さんはまだ使い慣れてへんねんな。しゃぁない、ワシ、今コンタクトやけどメガネも持ってきてるから、やったるわ。」

 

「え?なにをですか?」

 

渡辺は自分のデスクへ戻ると、鞄からメガネを取りだした。そして、流しへ戻ってきた。

 

「河野さん、よぉ見ときや。」

 

「はぁ・・・。」

 

曜子はなんのことかわからず、ただその場で黙って見ているしかできなかった。

渡辺は、おもむろにメガネを掛けた。

 

「でゅわっ!」

 

「・・・?渡辺さん、どうしたんですか?」

 

「いや、メガネを掛けるときは、これを言わんと気合いが入らんのや。」

 

まったくこの人はヲタクなんだから・・・。曜子はそう思ったが、口には出さなかった。しかし、この動作とかけ声でヲタクとわかる曜子も大概である。

そして、渡辺はメガネの縁に手を掛けると、突然叫んだ。

 

「メガネッ、ビィィィィィィィィムゥ!」

 

すると、なんと渡辺のメガネから天井のゴキブリに向かって閃光が走った。そして、ゴキブリは一瞬にして黒こげになった。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

曜子はびっくりして思わずその場を飛び出してしまった。

 

「お、おい、河野さん、おーいっ!」

 

渡辺の叫びも耳に入らず、曜子は走り去ってしまった。

 

 曜子が研究庁舎と飛び出すと、同じ研究室の吉田が帰ってくるところだった。

 

「吉田さん、大変なんです!」

 

「河野さん、どうしたの?」

 

曜子の剣幕に、吉田は少し驚いているようだった。

 

「渡辺さんが、渡辺さんが・・・。」

 

「渡辺さんが何かしたの?」

 

曜子は、息を切らしながら吉田に話した。

 

「何かしたって言うか、変なんです。」

 

「変って、いつもやん。」

 

吉田は、いつものくだらないジョークで渡辺が曜子をからかったのだろうとでも言いたげな表情だった。

 

「あの、渡辺さん、メガネが・・・。」

 

「ああ、彼、たまに掛けてるやん。それが?」

 

「それが、あの、ゴキブリをメガネで・・・。」

 

吉田はちょっとびっくりしたような表情になった。

 

「ゴキブリをひっぱたいた?」

 

曜子は激しく首を振った。

 

「そうじゃなく、あの、メガネから光線が。」

 

「なんや、そんなことか。」

 

吉田は、やれやれ、といった表情だった。

 

「本当なんです!信じてください。渡辺さんがメガネを掛けて、メガネビーム ってさけんだんです。そしたら、メガネから光線が・・・。」

 

「いや、だからそんなことで?」

 

「え・・・?」

 

「いや、だから・・・。」

 

そう言いながら、吉田はメガネのずれを直すような仕草を見せた。

 

「これやろ?メガネェェェェッ、ビィィィィムッ!」

 

吉田が叫ぶと、吉田のメガネから閃光が走り、そばにあった材木を木っ端みじんにした。

 

「いやぁぁぁぁっ!」

 

曜子は、またしてもその場を逃げ出してしまった。

 

 曜子は、まだ部屋へ帰ることもできず、仕方がないので作業室に向かった。作業室には、曜子に直接仕事の指導をしている河西がいた。河西はメガネを埃で真っ白にしながら研究用試料の調製をしていた。

 

「河西さん、助けてください!」

 

河西は、試料を詰めた袋の口を縛りながら曜子の顔を見上げた。

 

「どぉしたぁ?」

 

「渡辺さんと、吉田さんが・・・」

 

「またあの二人にからかわれたんか?」

 

河西は少しにやにやしながら曜子を見ている。曜子が説明しようと口を開き掛けた瞬間、河西は、それを制していった。

 

「ちょっと待ってな。先にこの試料粉砕するから。」

 

そう言うと、河西は試験圃場から採取してきたレタスを実験台の上に並べた。そして、メガネの縁に手を掛け、叫んだ。

 

「メガネビィィィィィィィィィィムッ!」

 

河西のメガネから閃光が走り、レタスに命中した。すると、レタスは一瞬にして水分を常発させ、粉々に砕け散った。

 

「これでやると、一瞬でけりが付くから、有効成分を破壊しないですむんや。な、河野さん。あれ?河野さん?」

 

曜子は、河西がメガネビームを発射した瞬間、そこを逃げ出していた。

 

 曜子が研究所内をさまよっている間、曜子の所属する研究室では研究室を統括する主席研究員の東野と、渡辺、吉田、河西が集まって相談をしていた。まず、東野が口を開いた。

「河西さん、河野さんにちゃんと教えてなかったんか?」

 

河西は頭を下げた。

 

「すいません、常識として、もう知っているとばかり・・・。仕事でも使う機会がありませんでしたから。」

 

続いて、渡辺と吉田も頭を下げた。

 

「私らも配慮が足りませんでした。」

 

東野は、しばらく腕組みをして考えていた。

 

「まぁ、しゃぁないわな。あの歳になるまで知らんやなんて誰も思わんし。よっしゃ、すぐ納得できるかどうかは別として、いっぺんみんなできちんと説明しよう。河西さん、悪いけど河野さんを呼んできてくれるか?」

 

「わかりました。」

 

 河西は、時間はかかったものの、曜子を見つけることができた。

 

「河野さん、すまんが、研究室まで戻ってきてくれ。今回のこと、みんなできちんと説明するから。」

 

「でも・・・。」

 

「だけど、このまま何もわからないままでは良うないやろ?頼むから話を聞いてくれ。」

 

「わかりました・・・。」

 

曜子はようやく納得し、河西とともに研究室へ戻った。

 

「まず、メガネビームの原理から説明しよか。」

 

河西は、メガネを外して見せた。

 

「このフレームの部分な、ここで空気中のイオンを集積するんや。で、そのイオンによってレンズと空気に電位差を発生させ、筒状に磁場を作る。それを利用して電子ビームを加速、発射する。大気中では炭素原子と反応して発光、視覚化したビームになる訳や。」

 

曜子は、ずっとだまったまま聞いていた。河西は続けた。

 

「それで、そのビームが当たった物体は、瞬時に高温となり、それと同時に分子間の結合も破壊される。それで爆発、四散するという訳や。」

 

ここまで黙って説明を聞いていた曜子がようやく口を開いた。

 

「でも、どうしてそんなことをするんですか?」

 

事情を知らなかったものとして、至極当然の質問だったが、河西らは驚いたように顔を見合わせた。

 

「ホンマになんも知らんのやなぁ。」

 

渡辺があきれたように言った。すると、それを制して東野が言った。

 

「ま、しゃぁないやろ。そしたらここからはワシが説明しよう。これはな、我々人類が新しい段階へ進むための第一歩や。」

 

「どういうことですか?それ。」

 

「メガネは今や、人類とは切っても切れんくらい密着したもんや。もはや肉体の一部といってもいい。コンタクトっちゅうもんもあるけどな。地球環境が激変していく中、人類が生き残るためには種の進化しかない。そこで、肉体改造の第一歩としてまずはメガネから、という訳や。」

 

曜子は、あまりの衝撃に声も出なかった。これは夢か?あまりにむちゃくちゃだ。しかし、夢であるにしては、メガネビーム以外の事実には夢にありがちな脈絡のなさも感じられないし、矛盾もなかった。

 

「ほな、そういうことで、河野さんのメガネもメガネビーム仕様に改造しよか。」

 

こういうことが大好きな渡辺が喜々として言った。

 

「いえ、あの、結構です。今日の所は勘弁してください。」

 

曜子は懇願したが、全員それを許さない雰囲気だった。

 

「上司として業務命令や。河野さん、メガネビームを受け入れなさい。」

 

東野が手を差し出す。しかし、曜子はそれを振り払い、メガネを外した。

 

「ごめんなさい、私、だめです。メガネはもう掛けません。だから、許して!」

 

曜子の目には涙が浮かんでいた。それは、日光を反射して、きらきらと輝いていた。しかし、反射だけにしては、あまりに輝きが強く思えた。その輝きに、メガネ改造を迫る東野達は一瞬ひるんだが、それでも許すとは言わなかった。

 

「私、私・・・メガネから光線なんて出せません!」

 

次の瞬間、曜子の瞳から閃光がほとばしった!

 

その閃光により、研究室は爆発四散、たちまちがれきの山となった。そのがれきの中で、曜子は相変わらずメガネを持って泣いていた。

 

「みんな、みんな、どうかしてるよぉ~!メガネから光線なんて・・・。」

 

曜子が叫ぶと、がれきの中から黒こげになった渡辺が起きあがった。

 

「目から光線出すあんたのほうがどうかしとるわ!」

 

それだけ言うと、渡辺は再び倒れた。つっこまずにはいられない、関西人の根

性であった。

 

「そんなことないですぅ~。」

 

その声を、もうだれも聞いてはいなかった。

 

                                おわり